専務取締役 CTO – 金岡 裕之

金岡金岡 裕之(主な業務:設計・開発、製造全般)

一言コメント
GO A HEAD!!
進め!!


金岡 裕之のインタビュー

名前は金岡⇒鋼である。時代はアルミやチタンに流れようとも、やはり基本は”金岡”である。強さとしなやかという相対する要素を絶妙なバランスで両立させるのが”金岡”である。ものづくりの本質に近づく程、”金岡”の凄みが分かるものである。

担当している業務・やりがい・ポイント・最も嬉しかったことは?
浜野製作所の最高技術責任者として、設計・開発、製造全般などを担当しています

え~と、え~と、俺の仕事はね、お客様からの「こんなもの作れない??」って問い合わせに実際のモノを作ってお届けすること。大体ね、俺に回ってくる仕事は変わった案件や難しい案件ばかりで毎回冷や冷やもんですよ。

基本的に、ハッタリも入ってるからね(笑)でも、引き受ける仕事は自分の中で6割方、いけると思ってますよ。3割はあやしいけど、やります。最後の1割は完全に無理なやつ(笑)まぁ、頼まれた仕事は何が何でもやり切る、そこを逃げずにやれるかどうかでしょ、仕事なんて。

今までそれでできなかったことはないからね、何でも来いって感じですよ。
ちなみに、いまの仕事とあまり関係ないけど、車・バイク整備は超得意だからね(笑)

金岡5

これまでの人生や職歴、金属加工の仕事をはじめた理由、入社した経緯、今後の取り組みなど
超一流の職人の腕と天才的な世渡り力で今まで生きてきた!?・・・
戦前祖父の代はお麩屋やっててね、戦後はやめちゃったけど、それから親父が鉄骨屋を始めて、ぼちぼちやってましたよ。

俺は3人兄弟の末っ子だけど、一番職人の血を受け継いだのかぁ、中学校の頃から家業を手伝わされて、普通に働いてましたからね。溶接もやってたし(笑)まあ、その頃から腕はあったと思いますよ。

高校卒業後は大学も行きたかったんだけどね、色々事情があって行けず、友人の父親が社長をやっている板金屋に就職。そこでいまの浜野社長や長島部長、一木さんと一緒だったんだよね。当時は、ほとんど朝は寝坊して昼間からの出勤だったけどね(笑)よく首にならなかったなぁと思うよ。俺は上の人から可愛がられていたからね、世渡り上手で今まで生きてきました、ハハハ。その板金屋では8年くらい働いたかな。

そっからは、一転大工の世界へ。家や店舗などひたすら造り続ける日々ですよ、弟子の新川に任せてね(笑)俺は最初から現場監督だから、最後の仕上げのときだけしっかり仕事をする、いまとあんまり変わらんね、ハハハ。
※工務店時代、プレス部門副部長の新川さんが金岡常務の部下であった。

まぁ、それから浜野社長に金属加工の手伝いを頼まれて働き始め、その後、工場が全焼して、二人三脚でいまの状態にまでもってきた話は色んなところで紹介されているから、割愛しまーーす。

金岡2

今後は焼き鳥屋とかやりたいねぇ・・・

工場の隣に焼き鳥屋とか作ってさぁ、焼き台も自分で作っちゃって、鶏肉は浜野社長の全国の広い人脈を使えば、すごい美味いのが仕入れられるでしょ。料理は俺がこだわって作って、浜野社長がお客さんとひたすら話して接客したら、結構人が集まるんじゃない? 今の仕事より儲かっちゃったりして(笑)

まぁ、それくらいのこともうちはアリですよ、ってこと。別に金属加工屋が焼き鳥屋もやっちゃダメってことはないでしょ。

休日の過ごし方や趣味など
常務バイク休日はよく寝てます・・・

平日も結構寝てますけどね(笑)、休日はさらによく寝てますよ。

もう眼は覚めてるんだけど、体が起きてこないよね。

趣味は晩酌、バイクレース、呑み会。

将来の同僚やお客様へメッセージを!
将来の同僚へ:来る者拒まず、去る者追わず。
お客様へ:まあ、人の作れるモノは何でもOKでしょう!! ご相談に乗りますよ。
常務鳩ポッポ2

同僚から一言

長島:アイデアのデパート。技術の玉手箱や~
小林:加工技能のスペシャリストであることは言うまでもなし。イメージをカタチにするセンス、様々な業界の優れた技術者と対等に渡り合える豊富な知識・アイデア、引き受けた難案件を絶対に仕上げる胆力は、町工場のゴッドハンド、ドクターKといって良いでしょう!
石川:ただの呑兵衛のオジサンと思いきや。ものづくりへの好奇心を持った子供がそのまま大人になったような、天才とはこういう人のことを言うのだと思います。